楽しい遠足の前日になんて眠れない(後編)

8月の中旬と言えばほとんど真夏に近いものがあるのだが、その日ばかりはちょっと違った。
蝉の声も聞こえないし(これには驚いた)、気温もそれほど高くない。
というのは何回も書いているからいいとして。
適当に描写を入れようとするとこういうパターンになってしまうから困った。
でも事実をそのまますっきりと書くような度胸も私にはない。
これも一種の構成ということで勘弁していただきたいものだ。
文句を言われようが何だろうが、やることを変えたりはしない…はず。



 唯一違ったと確証つけられるのは、私の隣に彼がいること。



ベンチからやっと離れ、最初に登ってきた階段を下った。特に当てはない。
まだ時間があったので適当に公園内を散策することに。
あまり触れてはいなかったのだが、この時行った公園というのは結構大きい。
時期になればフリーマーケットの会場なんかになって、お客さんで賑わうところだ。
その日は子供連れの家族や散歩に来た人たちが点々としているだけで、
特にこれと言って目立つようなことがあったわけではない。当たり前だけど。

彼の隣を歩くのにはまだ慣れるわけがなかったが、それでも何かしら会話を続けた。
ぶらぶら歩いていると、前方には山へと続く結構広い道。
どうやらこの公園のジョギングコースにもなってるみたいだ。
過ごしやすいとは言え、真夏の太陽の日差しはやっぱり堪える。
私たちはそのまま涼しげな山道に足を踏み入れることにした。



彼「お、遊んでるなぁ。」



私たちが歩いている道から少し登ったところの公園で、小さい子たちが遊んでいた。
こんなに暑いのに、子供たちは元気そうな声を出してはしゃいでいる。ほほえましい光景だね。



私「元気だねぇ、若い子たちはw」

彼「羨ましいですねー。」

私「何なら混ざって遊んで来ればいいじゃん?w」

彼「なんでだよww」



そんな冗談まで交わせるぐらいにまでリラックス出来てたのかな。
ある意味で緊張はしていたんだけど、決して悪いものじゃなかった。
まぁ…そんな気持ちを楽しむ余裕があったかどうかは別としてなんだけどね。

そこから少し登ったところに、屋根のついたベンチがあった。
特に疲れていたというわけでもなかったんだけど、とりあえず座ってみる。
雰囲気はさっきと同じまま。お互いそわそわというか、落ち着いていなかったのかな。
それは私の精神的な視界が狭いせいもある。うん、きっと。
なけなしの冷静さなんて役には立たない。ただ、そういう振る舞いを助けるぐらい。
まぁ…ありがたかったと言えばありがたかったと言っておこう。

時期は確実に近付いていた。それはお互い通じ合っていた。気のせいじゃない。
彼が口にする言葉全てで決まる。決して過言ではない事実。
登ってきた道をぽつぽつと人が通っていく。タイミングというのもなかなか難しい。
あれ、さっきお会いしませんでしたか?という空気読めるいい人も走ってかけていった…
そんな他愛無い話もしていたのだけれど、やはり雰囲気は変わらなかった。
心臓の波打つ音が耳を叩く。これだけで、どうにかなってしまいそうだった。
せかすこともしない。そうやって、彼を信じていたのかな。



 そして――――――運命は動く。


 今まで下を向いて言うに言えなかった彼の口が、開く。



彼「うん。確かに好きだから…付き合ってください。」



私を見るともなく見る彼は、照れたように、恥ずかしそうにしていた。
告白…されちゃったんだ。待ちに待っていたことなのに、いざされると…どうだろう。
もう何も考えられない。これが本当に嬉しい告白なんだ。
告白…されたことがないわけじゃない。数だけで言えば多分尋常じゃない。
(だからあまりここら辺の話はしないわけなんだけれども。)
そんな中で、この日の告白は1番素敵で素晴らしいと感じるものであったことは間違いない。



私「本当に…私でいいの?」

彼「うん。」



なんだかすごく泣きそうだった。嬉しくて泣きそうになったのなんて何年ぶりだろう。
いや、通話で泣いていたのはおいておこう。人前でなんて泣いたのは久しぶりすぎる。
頭の中が真っ白に近い。あぁ、こんな時もっと冷静な自分だったら。



私「えっと…」



一呼吸置いて、口を開く。



私「私でよければ…宜しくお願いしますっ。」



晴れて、彼と私は恋人という関係になった瞬間だった。


 やっと、はっきりさせてくれたんだね。


言いたくてたまらなかった一言が、私の口を通りぬけていく。
心の底からこみあげてくるものがどうしようもなく愛しくって仕方なくなる。
彼も私も少しは笑ってたのかな。
ここまで長かったね、でもちゃんとここまでこれたんだね。
そんな言葉にならなかった会話を物語るかのうような時間だった。

彼の言葉を聞いてじっとしていられるわけがない。
触れたくなった。彼が、欲しくなって。体がうずく。私、どうしちゃったんだろう。
体を寄せて、鼓動を刻みながら、彼に寄り添う。



彼「おいで。」



なんかそんなことを言われたっけ。
彼が私の背中に手を回す。私の中で何かが、切れた。
そのまま腕を彼の背中にまわしてギュッと抱きつく。
思わず、彼の名が口から出た。響きが愛しい。このままずっと…

幸せって、こういうことを言うんだなって実感した瞬間だった。

その後、すっかり脱力した彼を見て笑った。
本当に頑張ってくれたんだね、ありがとう。
言葉にはせずに伝えられなかったけど、すごく感謝してるんだからね?
いつかこのこともちゃんと伝えられればいいと思う。

ベンチにいる時間もそこそこ、そろそろもと来た場所に戻ろうということに。
早足で歩幅を進めた彼を後ろからつける私。
ふいに、彼がこっちを振り向いて左手を差し出す。



彼「手、つなごっか。」

私「ん、」



そっと自分の右手を差し出し、彼の左手とそっと交わらせる。
いわゆる、恋人繋ぎ。そういうところでも反応してドキドキしちゃってた。
そうやってゆっくりした歩幅で道を歩いていく。
山道は涼しく静かなもので、雰囲気にどういうわけかぴったりだと思えた。

その後、私が我慢できなくなって人がいなくなった途端に抱きついたりだとか。
近道をしようってことになって結構険しい細道を降りることになったりだとか。
ここら辺はあまり面白い会話もなかった。ただ降りるのに必死でしたwww
うん、教訓としてはヒールはやめようねってことぐらいかな。(´・ω・`)

道を下り終えた私たちは、そのまま駅前へ行ってご飯を食べることに。
あぁ、もうそんな時間になってしまったんだなって寂しくなり始める。
つまり、それは、お別れの時間を意味するわけで…
彼のバスの時間は7時30分。それまでには必ず離れなければならない。
時間にしてあと3時間…か…長いようで、きっと短いんだと思う。
9時から今の時点でありえない早さできてしまったのが何よりの証拠なのであるから。

一緒に地下鉄に乗って仙台まで行く。
夏休みのせいあってか、若干人が多い。夕方という時間帯もあるのだろうけど。
適度に歩いて、デパートの地下街みたいなところにいろいろなお店があるのを発見。
そこで仙台名物の牛タンを食べることに。
ちなみに仙台市民だからと言って頻繁に牛タンは食べれるもんじゃない。
…まぁ、私は市民ではないんですがね。
仙台にある牛タンのお店はどこでも大体は有名処。そりゃそうか。
私たちが食べようとしていたお店もその1つだった。
彼は牛タンのビーフシチューか何か、私は普通に定食を頼んだ。

そこでやっと、一息ついてタイミングが出来た。
私は朝に持ってきた彼へのプレゼントを入れた手紙をバッグから取り出す。
彼の誕生日兼、自己満足の手紙。いわゆる自己満足の塊なわけですが…



私「お誕生日おめでとうございますw」

彼「わざわざいいのになぁ…w」



ちょっと照れたように笑って、差し出した袋を受け取ってくれた。
中に入った手紙を今読んでいいかと聞かれて、とりあえず頷く。
恥ずかしかったけど、別に断る理由もなかった。
手紙を読み終えると、プレゼントとしてあげた箱を開けようとする。
中からはネックレスが出てきた。実は、今日私がしてきたのとペアルック。
彼と会うに先あたって、何かプレゼントはしたいと思っていたものの…
結構悩んだ末に買ったのはこれ。もちろん恋人同士になれなかったら渡せなかったものだが…よかった。
彼が早速つけてくれた。おそろいだね。ちょっと恥ずかしいけど、なんか誇らしかった。

牛タンは非常においしゅうございました。彼も喜んでた。
仙台に来たら毎回食べようか?なんて、先の話までしてた。
そんな話をするのがいつしか本当に楽しくなっているのだから、満更でもないのだよ。

お互い食べ終わり、少し休憩している時。
彼が財布を素早く出して、私の分の会計が出来るような金額を出した。
今は珍しい2000円札を出してくれていた。



私「そ、そんな悪いですってっ…」

彼「いいからいいからw」



今でもそうなのだが、彼は変なところで私に対してだけ頑固だ。
この時はその例に漏れずに払わせてもらうという態度。
2000円札もらっておけばいいよ、とかわけのわからないことも言われた。
結局収集がつかないので私がお礼を言ってお金を受けとり、会計を済ませる。
ごちそうさまです、と彼に言うと嬉しそうに、いえいえと返してくれた。

そこから少し移動し、プリクラを撮ることになった。これも一種の記念。
高校の友達とでさえ撮ったか撮らないかなのに、まさか彼氏と撮るだなんて思ってもいなかった。
むしろ彼氏ができること自体どうかしている環境だったのだから…
プリクラのコーナーに彼氏と一緒。うーん、なんとも言えない気分。
恥ずかしいけど、なんか…うん、嬉しい?上手く言えないや。
空いているプリクラ機に入って、焦りながらもショットを繰り返す。
自分でもあまりしたことのない落書きにも挑戦。お互い笑いながら書いてた。
携帯で画像をゲットできたのもいい記念品だね。
このプリクラは一生ものの宝物になるだろう。

時間は迫ってくる。頼まれてもいないのに。
そこから…特に当てもなくデパートをうろついた。何かしらは見てた。
それよりもなんだかそわそわして、あまり頭の中に入ってこなかったのが正解だけど。

そろそろだね、という雰囲気。彼の乗るバスが来るバス停経由でアーケードを歩くことに。
彼の案内でバス停付近まで到着した。ここで、お別れなんだ…
時間は若干あると言えばあるのだし、泣くわけにもいかない。
ちょっとくじけそうになりながらも、涙はこらえてそこら辺をぶらぶらすることに。

バス停付近から入れるアーケードを2人並んで歩く。人はそれなりに多い。
仙台の人たちはどっち寄りに歩くんだろう、とかいう会話もしてた。
そういうのも地域差があるんだからびっくり。まぁアーケード内は…決まってないと思う。
特にどこかの店に入るわけでもなく、私たちはずんずんと前へと進んでいった。


 戻りたくない、そんな思いが働いていたのかもしれないね。


アーケード街の端っこまで歩く。ここから先に行く時間はない。
折り返してバス停まで行くと、きっと丁度いい時間になってしまうだろう。
分かっているのに、それが信じられない自分がいた。何故かムキになって否定しようとした。
少し前の私だったら嘲笑っていたかのような光景だったと思う。きっとどうにかなってしまったんだ。


 この道を歩けば、本当にさよならなんだ。


急に足が重くなったのと、流石に疲れてしまったみたいで、建物の壁にもたれかかる。
疲れたの?彼がちょっと心配そうに聞いてくる。ううん、大丈夫。一応そう返したけれど、
自分でも大丈夫そうに聞こえない返事をしているなぁと思ってしまった。何もつっこまれなかったからいいけど。
すると、彼が私の隣に寄って来た。彼の右手と、私の左手が重なり、そのまま恋人繋ぎ。
本当に自然な流れだったと思う。嬉しいと同時に、時間を知らせるような衝撃を覚えた。
彼の手を頼りに、もと来た道を2人で歩いた。さっきより確実に余裕がなくなっている。
心なしか歩速も少し落ちている気がした。疲れているからとか、気持ちの問題とか、
いろいろ原因があったから十分あり得る話ではあったよね。

表通りを避けようか、そんな流れになって左のほうに道をそらす。
男の人って地理的な感覚がすごいとか言うけど本当らしい。
私なんかが行ったらとんでもないところに着きそうだから、そういう感覚には憧れる。
ましてや初めて来た土地でそんな芸当が出来るのだから…なんて、彼には言わなかったけど思ってた。
そういう思考もほんの僅かだけ私の頭を占領しただけですぐ引っこんでしまった。
アーケードから外れた道に人影はほとんど見当たらない。
向こう側に大通りが繋がっているだろうという雰囲気を感じた。人の行き交う姿が多くみられるからね。
そこを目指して、静かな道をゆっくりと、ゆっくりと踏みしめていく。
ここら辺から泣きそうになるフラグが立って怪しくなる。むしろもう涙目だったかもしれない。
こんな当たり前のことも半年間出来ないというだけで、全てが悲しみの色に染まってしまう。
本当にもったいないことなんだけど、頭で分かっていてもどうしようもない。
ふいに、彼が歩みをとめた。釣られて私も止める。左隣にいる彼を見上げる。



彼「嫌だよ。もう…」



そう言って少しだけ笑っているけど、すごく寂しそうな彼の笑顔に泣きそうになる。
我慢していたけど、少し出来なくなって焦る。こんなことで駄目になっちゃうなんて。
思いがちゃんと伝わっているんだね。貴方もちゃんと惜しんでくれるんだね。
分かりあえてる喜びよりも、分かりあえている辛さのほうが浮き彫りになった。
何と言ってあげたらいいのか分からなかった。私が何を言っても無理だとは思うんだけど。
こんな状態で説得力のあることなんて言っても通じてはくれないだろうから。


 ねぇ、こんなに私たちが思い合っていても。
 世界は私たちを離そうとしているんだよ。
 決していじわるなんかじゃないのは分かってる。
 けど…やっぱり…辛いよ…


なんとか彼を促すようなそうでないようなことをして、大通りへと出た。
夜の人の行き交いは若干激しい。それも気にならないほど精一杯だった。
最後になってからでも、相変わらず会話は止まらない。
止めたくなかった。止めてほしくもなかった。
もうすぐ終わってしまうなら、少しでもこの声を、感触を、刻みこんでおこう。
そう明確に思ったのかは定かではなかった。無意識に近いことだったと思う。



彼「ちょっとは成長できたかな?」



交差点での信号待ち。彼がふいにそんなことを言った。
経験がないから、自分はレベル低いんだよなぁと苦笑していたことを思い出す。
誰だって最初はそうなっちゃうものだし、それ以前にそんなことは気にしないのに。
(が、彼はそういうことをやたらと気にするタイプなので。)
経験がないなりにすごく頑張ってくれていたと思う。



私「出来たと思うよ。」

彼「そうかな?」

私「ちゃんと私のこと、見てくれてるじゃん。」

彼「そうだねw 最初は目も合わせられなかったんだよなぁ…」



今度はちゃんと、私の目を見て頷いてくれた彼。
今朝は全然顔すらも見てくれなかった彼を思い出して笑った。
そうだったね、そういうところから手を繋いで顔を見れるようになったんだ。
大した成長じゃない、と褒めた。若干照れていたような気がしなくもない。


 もう1度、今日が始まったらいいのにね。


今朝という言葉を聞いて浮かんできたのは、別のことでもあった。

信号を渡って、まっすぐ行ったら見えてきたバス停。
あぁ、着いてしまったんだな。彼を見上げると、同じ心境のような表情。
歩速がだんだんと遅くなり、バス停付近で…止まってしまった。私の、である。
どうした?と彼が見る。今度は私が嫌だという番だった。

バス停手前付近でお互い止まる。時間はあと20分もなかった。
時計を確認した途端、視界がぼやける。あれ…と思って手を目に当てる。
暖かな雫を指先で拭って、やっと自分が泣いているんだと分かった。
彼は少し困ったように笑った。彼も彼で精一杯なのだろう。


 こんなに辛くなるだなんて…思ってもいなかった。



彼「本当に楽しかったよ。ありがとね。」

私「それはこっちだよw うん…来てくれてありがとね。」

彼「ん、ありがとう。」



そうやってお礼を述べあっていた。
お別れが悲しいものなのは事実であるけれど、過ごせた時間は楽しかった。
楽しすぎて、本当に夢の世界の出来事なんじゃないかって疑っちゃうぐらいに。
その間中手を繋ぎ、一目も気にせずに抱きついちゃったり。
傍から見たら本当に嫌がられるようなカップルにしか見えなかっただろうなぁ…(苦笑)
うん、経験しないと分からないことってあるんだよね。

時間はどんどん過ぎていく。体が重い。本当に嫌だった。



私「25分になったら…したいことして逃げる。」

彼「ん?」



最初のうち、彼は理解できていなかったようだった。そうだよね、うん。
苦笑とも言える笑みを彼に向ける。もう力なんて残ってなかったのかもしれない。
ぼやけた瞳に映った彼は、どうしたとでも言うような眼差しを向けていた。


 せっかく出会えたのに、もうあなたは行ってしまうんだね。


別に彼を責めるわけでもなく、関係を責めるでもないけれど、そう自然と思った。
目を見て伝わることなんてないのに訴えてた。どこか、届いてほしかったのか。
残ってくれるとは思っていない。それはいけないって、理性は働いていた。
だけど…あんまりだった。もっと触れていたいよ。時間を共有したいよ。
そんな思いが募っていたものの、口には出さなかった。否、出せなかった。
彼を困らせるようなことは絶対したくなかったから。
ただでさえもうすでに涙を見せてしまっているのだもの。
これ以上は絶対に食い止めなければならない。なんとしてでも。


 それが約束だったはずだから。


少しだけ視線を外し、改めて行き交う人々をぼんやりと見つめた。
自分でもなんでそんなことを言ったかはよく覚えていない。
なんでそんなことを言ったのかもよくわからなかった。
ただ、このまま終わるだなんて嫌だったのは確かだったね。
離れたくないって思いが私をそうさせてしまったんだと思う。
ここまで気持ちに揺り動かされて行動したことなんてあったっけ?
とてつもなく大きな力で、理性で抑えるのが本当に大変すぎるぐらい、押し寄せる。



私「何するか、分かる?」

彼「さぁ…」



あいまいな返事。だけど、そこに確かな推測が含まれている。


時間は刻々と刻まれていく。残酷だ。
時計は間もなく25分。さぁ、そろそろ時間だ。
彼のバスが出発するまで見遅れるほど、私に度胸はなかった。
その場で泣き崩れたり、ひきとめたりしたら大変だ。
もちろんそこは理性で止められる自信がなかったわけじゃない。
そんなのは建前に過ぎない。嫌だったのだ、彼が私の前から去っていくのを見るのが。
本当に自分勝手な理由であることは承知している。でもそうするしか他なかった。

時計が25分を指す。それを合図に、私は彼に近づいた。
きっともう彼は気がついている。そんな感じがした。
特に驚く様子もなく、逃げる様子もない。彼は、私を受け入れた。


 彼との距離が、0になった。彼と私の唇が、重なったんだ。


それはほんの一瞬で、だけど永遠でも感じてしまったかのような、そんなひと時。
時間にしては1秒もなかったと思う。
暖かくて柔らかい感触を感じた。
だけど、次の瞬間にはバラバラになっていた。
人がいたのもあった、恥ずかしいのもあった。だけど…1番の理由は…


 これ以上、辛くなったら壊れてしまいそうだったから。


最後の力を振り絞って、彼に笑顔を見せる。
彼も苦しそうだったけど笑顔だった。



私「バイバイ。」

彼「ん…」



――バイバイ、また会おうね

これが、私と彼の最後の会話。
言葉を言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、私は
背を向けて走った。振り向いたら駄目だ。どうにかなってしまいそう。
少しだけ走って、重い体をなんとか引きずるように早足で歩みを進める。

 頬に、暖かな水線が伝わろうと気にはしない

ただただ悲しかった。永遠の別れでもないのに、そんな気分にさえ錯覚しそうになる。
人の行き交う中で泣いているのは自分だけだろう。
だけど恥ずかしいという感情さえ今は働いてはくれなかった。
もしかしたら働いていたのかもしれないが、それより大きな悲観で打ち砕かれていた。

地下鉄でのホームに到着する。時間的に、彼はもう既に出発してしまっているだろう。
携帯を開いて、すごく長々と文章を連ねた気がする。
今日来てくれて嬉しかったこと。恋人になれた喜び、本当にお疲れ様、とか。
正直頭が働かなかったけれど、送らずにはいられなかったんだと思う。
地下鉄に乗り、迎えの車までの道のりを歩いている時でも、私はまだ涙をぬぐえずにいた。
そんな力もなかった。勇気もなかった。
これからまた半年、我慢していかなければならない。耐えられるの、私?
…そうじゃないよね。耐えるんだよ、何としててでも。
だって、約束したもの。受験が終わったらまた会おうって。
それなら…会えるまで精一杯努力することが、今からやるべきことだよね。


 そこでやっと、私は涙をぬぐった。


これから辛いことだって、きっといっぱいあるのだろう。
でも私はそれで後悔していない。これでよかったんだって、きっと思う日が来る。
帰りの車の中、母に顔のひどさを指摘された。目にゴミが入ったってごまかす。

携帯に届いた彼からの返信メール。
内容はほぼ私が送った内容と同じ。
同じこと思ってくれてるんだ、なんて笑いながら最後の文章に目を向ける。


 ありがとう、これからも宜しく!


そうだ、これはまだ始まったばかり。
彼と私の新しい、長くて険しい道のりが出来ただけ。





――物語は、ゆっくりと進んでいく。


――物語は、ゆっくりと進んでいく。





次回予告的なもの。


「なんで固まってるのww?」


             ―「また最初に戻っちゃったかなぁ。」




     ―「危ないから、やめとけ。」



―半年の時を経て、再び巡り合う私たち

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―* 


*ぼやき

切実に身長が欲しくてたまりません。どうも、香邊真香です。
ここまで私たちが初めて会った時のことを見ていただいたわけですが…
当本人方としてもものすごく意味のあることだったと思っています。

お互いネットというものには否定的な考えを持っていたはずなのに、
(もちろん恋愛というものが絡んできたら尚更それは強くなるでしょう)
この日をもって考えを打ち破ったという別の意味での記念日となりました。
まぁ、誰かさんは変わっていないようですけどね?w

でも、現実であってもネットであってもいい人悪い人はいるものです。
決めつけてしまったら、せっかくの機会も逃してしまうことに他ならない。
だから情報モラルだの何だの騒がれるのでしょう。その通りだと思います。

さて、脈略もなくなってきたのでこれにて失礼しますよ。
ではでは…




続きはこちら↓

甘えたい時に甘えておけ、もったいないから(前編)

Page Top